顔面神経麻痺

R・U 大阪  25歳 女性 OL

ある日突然に顔の筋肉が硬直し、右側が動かなくなりました。
内科へ行くと耳鼻科にまわされ、そこで「顔面神経麻痺」と言われました。
三週間入院し治療しましたが少しも改善されませんでした。
遠距離恋愛中の彼とも三ヵ月近くあっていません。
こんな醜い顔になってしまったのだから、もう会えなくなるのではないかと心配です。
鍼灸治療で「顔面神経麻痺が」治ると聞きましたが、どのような治療をされるのか不安です。
治るのならガマンしようと思っています。

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Rさんにはすぐに来院していただききちんと「顔面神経麻痺」について、その治療法を説明し、納得していただいた上で、治療を始めました。
以下、その要約です。


顔を動かす筋肉に信号を送るのが顔面神経です。
この顔面神経は左右の脳幹から中耳道、中耳腔を通って顔面に出る脳神経です。
また、脳幹の中枢から下、つまり末梢に走行するにつれて、涙を出す涙腺への神経、アブミ骨という中耳に行く神経、舌の前半分三分の二の味覚を感知する鼓索神経、顔の動きの調節をする運動神経、など、様々な機能の「枝」を出して走行します。
これらはすべて顔に分布されていますので、この複雑な神経の枝のどこかで異常が生じた場合に起こるのが「顔面神経麻痺」なのです。


急性、あるいは亜急性に発症します。
原因疾患が明らかな症候性顔面麻痺と、原因不明の特発性顔面神経麻痺とに分けられます。

この、特発性顔面神経麻痺が顔面神経麻痺の70%を占め、「ベル麻痺」と呼ばれています。

ベル麻痺の特徴ですが、「イーッ」とか「ウーッ」とかを発声してもらうと、口元が左右非対称になったりします。
以下は、ベル麻痺の典型的な症状です。
まず「片側性(左右のどちらか片方)」ですので、その麻痺側の特徴です。

1) 額にしわ寄せができない
2) 眼が閉じられない
3) 口角が垂れ下がる
4) 口笛が吹けない(口を尖らせることができない)
5) 麻痺側の耳が過敏になり、音が大きく響く
6) 麻痺側の舌の三分の二に味覚傷害が伴うことがある
  (金属を舐める感じ)

などです。

ベル麻痺の原因は不明です。虚血説、ウイルス説、ヘルペス説、など、いろいろありますが、Rさんの治療ケースが参考になると思います。
(Rさんは、上記の症状のうち、1~4まで該当していました)ので、記述します。
(Rさんはすでに全快されていますし、了解をとってあります)。

Rさんは病気らしい病気はしたことのない健康的な女性でした。
就職されて主に事務を担当していたのですが、3年経って、職場の自分の部署にいた女性3人が結婚や出産などで一度にいなくなり、一人になってしまいました。
その頃から肩こりや腰痛を感じるようになり、ある日突然、顔面神経麻痺になってしまったのです。

原因は、職場環境の激変による「ストレス」、と私は判断しました。

Rさんは最初は、「あ、顔が自由に動かない」程度に考えていましたが、ストローでジュースを飲んだとき口からダラダラとジュースがこぼれ出たとき、背筋が凍ったと言います。
治療は早ければ早いほど効果があります。
最初の2ヶ月は週2回、やや改善されてから2ヶ月は週1回のペースで治療し、4ヶ月で全快されました。


治療法は、まず、肩こり、首のこりを取ります。
「天柱」、「風池」、「肩井」というツボで、首の後ろにあります。
そして、背中の第7頚椎と第1胸椎の間のツボ「大椎(だいつい)」などに置鍼し、15分間置いておき、気の動きを待ちます。

顔面は、超極細の「0番針」で、上から「陽白(ようはく)」(眉毛の中央の上方)、「四白(しはく)」(瞳孔の下、眼窩下孔)、「地倉(ちそう)」(口角の高さと、瞳孔を通る垂線との交点)、「下関(げかん)」(頬骨弓下縁)、など、その人の顔面の圧痛点を探し、そのツボに15~20分置鍼します。



顔面神経の硬直の具合によっては、それらの針に低周波の弱い電気を通し、更に刺激を加えることもあります。
さて、この低周波刺激については意見の分かれるところです。
低周波治療のノウハウを知っている鍼灸師の多くは、顔面神経麻痺の治療に際し、針に低周波刺激を加えます。


一方、西洋医学では、麻痺だけの場合は検査入院をして、副腎皮質ステロイドの点滴や、代謝を促進する薬、血管拡張剤などの点滴で、その顔面に栄養を与え、元気を取り戻す治療をします。


私は比較的軽度で治療期間に余裕のある患者さんには、針を置いて血流を促す「置鍼」のみで治療し、顔面硬直の程度の高い患者さんや、治療期間に余裕のない患者さんには西洋医学には上記のような説もあることを説明しまた、私自身の治療経験での低周波刺激の弊害の無さも説明し、いわゆるインフォームドコンセンによる、治療者と患者との相互理解のもと、低周波刺激を用いて治療することもあります。



私の経験では(また統計上でも)、顔面神経麻痺は20代と50代の女性が多いようです。
問診で分かったことは、

20代では、職場環境の変化、恋愛・友人関係のトラブル、親との葛藤など。
50代では、介護の問題、将来への不安、夫との軋轢、更年期障害など、さまざまなきっかけで発症しています。

そして、顔面神経麻痺の患者さんのいずれもが、非常に肩こり、首のこりの症状が顕著なことです。
私たちの周りには、
ストレスとヒトコトでは片付かない問題が山積していますが、いずれにしてもココロにモヤモヤを貯めない様にしたいものです。





*ここからは余談ですので、時間があればお読みください。
以前に、「ベル麻痺」について論文を書いたことがありますので、そこから、ベル麻痺についてのエピソードを拾ってみました。

バル麻痺を発見したのはスコットランド生まれの
「Sir Charles Bell」。
1774年生まれの解剖学者で、外科医で、芸術家。
ラコルニャとワーテルローの戦いにおける負傷者の治療を通じて多くの医学的発見をしました。
(戦争が医学を発展させたと言うのは嫌な事ですが、また事実でもあります)。
ベルは初期の論文で、早くも人間の表情についてのこだわりを見せています。

「顔の表情に見られる人の感情によって顔は常に快く、愛らしくなる。
表情は形に由来する結果以上のものでさえあるのだから、重い感じを明るくするであろうし、
心だけを写しだす働きもあるだろう。
これに、我々は常に注意を集中し、心がそれとなく表情にも影響する」と。


17世紀には「William Harvey」が、「血液循環」を発見。
以前は、血液は潮の満ち引きのように血管内を前後に往復するものと考えられていました。
「血液循環」の発見は17世紀の奇跡といわれたのです。

そして、ベルの発見は、以前は、同一の神経が知覚中枢から随意運動器官へ意志を伝え、末梢の状態や感覚を知覚中枢へ伝達すると思われていました。
奇妙なことです。
同一神経が同時に両方向へ情報を伝えると信じられていたのですから。

「ベルの法則」は、脊髄神経の前根は運動性で、後根は感覚性であるというもの。
これは、17世紀のHarveyの「血液循環」発見にならい、18世紀の奇跡と言われました。

また、ベルは芸術家としての才能も豊かで、表情豊かな多くの「人の表情」をスケッチしています。
とにかく、人の「顔」に興味があったようですね。
ですから、レイナルド・ダ・ヴィンチを強く意識し、彼についての記述も見られます。

「ダ・ヴィンチは多くをその対象性に求めた。
彼は醜さを追求した。
例えばとんでもない表情の人がいると、あとを追い、あらゆる場面でその人を観察しようとし、まる一日その種の珍奇なものを追いかけ、家に帰り、すぐにそれを描いた」。


「美と醜」。言葉はよくありませんし、そのたとえも適切ではありませんが、顔面神経麻痺は、それに似た要素を持っています。
ほとんどの患者さんが、「醜くなった」という言葉を口にします。
その心の葛藤は相当なものがあるでしょう。
一つの顔に、美と醜が同居しているのですから。

それだけに、治療家としては責任が重いし、同時に、やりがいのある仕事です。
でも、醜いという言葉は使わないで欲しいものです。
心までゆがんでしまいます。
必ず治すという信念を持って、治療後には、顔のマッサージを強めにしてください。
顔面神経麻痺は必ず治ります。